【円満な秋篠宮家の崩壊】全てを狂わせた小室圭

円満な家庭というイメージが強かった秋篠宮家だが、小室圭の登場から状況が変化していく。

痩せこける秋篠宮様や、紀子様と眞子様の疎遠…これも全ては小室圭の存在にあるという。

今回は小室圭という存在が、どのように秋篠宮家を崩壊へと導いていったのか中心にをご紹介しよう。

  • 秋篠宮家のこれまでと小室圭との出会い
  • 紀子様と眞子様の疎遠
  • 小室文書で全てが変わった
  • まとめ

日本を代表する秋篠宮家を崩壊へと導いた小室圭の罪は重いだろう。

これから以前のような円満な秋篠宮家は戻ってくるのだろうか。

全ては小室圭と眞子様にかかっている

最後までぜひ、お読みいただきたい。

秋篠宮家のこれまでと小室圭との出会い

日本国民にとって、秋篠宮家はいつも円満な家庭環境のイメージが強いだろう。

1997年に出版された『秋篠宮さま』んの中にも、家族で時が経つのを忘れてしまうくらいに、楽しいひと時を過ごしている様子がうかがえる。

数年前までは皆様の目にも、そういった秋篠宮家のイメージが浮かぶだろう。

しかし今の秋篠宮家はどうだろうか。

秋篠宮家の明るいニュースではなく、飛び込んでくるのは小室圭と眞子様の暗いニュースばかりだ。

小室圭と眞子様の出会いによって全てが変わってしまったのだ。

〈私の両親は、孫たちに会うことを本当に楽しみにしており、また子供たちも、私の両親に会うことをとても楽しみにしています。ですから、もっと両親と私の子供たちが会う機会を多くしたいと思います。九七年も私たちはネパール、ブータンを外遊した際に、二回くらい、子供たちが御所に行って遊びました。御所に行くことをとても楽しみにしていて、玄関を入ると、いつも二人で駆け出して行きます。そして母や妹と、時がたつのを忘れるかのように遊んでいます〉  これは江森敬治著『秋篠宮さま』(毎日新聞社)から引用した一節だ。「子供たち」というのは眞子さんと佳子さまである。1997年出版だから、眞子さんはまだ6歳ぐらいの頃だろう。  場面を想像するだけでも楽しげで、一点の曇りもない一家団欒の風景が目に浮かぶ。実際、数年前までを私たちがイメージする秋篠宮家はまさしくこんな家族だった。ところが、眞子さんと小室さんの結婚を通して、これまで多くの人がいだいてきたイメージとは違った秋篠宮家が浮かんできたように思う。

https://news.yahoo.co.jp/articles/61b9e87730d928cb997cb124478b11b9a7724c78?page=1

2017年5月、小室圭と眞子様の婚約が明らかになった。

この時は国民も秋篠宮家も、2人の結婚を心から祝福していたの違いない。

小室圭の裏の姿を見るまでは…。

婚約が発表された時、紀子様は小室圭を絶賛していたという。

小室圭のピアノを聴きながら、心和むひと時を過ごしたようだ。

 NHKのスクープで眞子さんと小室さんの婚約が明らかになったのは2017年5月だが、その年の11月、秋篠宮さまの誕生日会見で、同席した紀子さまがこう言われた。 「小室さんのピアノを聴きたいと話しましたところ、快く応じてくださり、小室さんの優しいピアノの音色を聴きながら、私たちは心和むひとときを過ごしました」

https://news.yahoo.co.jp/articles/61b9e87730d928cb997cb124478b11b9a7724c78?page=1

しかし、この時秋篠宮様は小室圭に対して少し違和感を感じていたという。

それもそのはず、小室圭は婚約発表の翌日の会見で、眞子様との会話の内容を包み隠すことなくベラベラど話していたのだ。

デリカシーがないとはこのことを言うのだろう。

この時の秋篠宮様の小室圭に対する予想が当たっていたことは、今ではもう遅い話である。

紀子さまが絶賛するのに対して、秋篠宮さまは不安そうだったという。 「当時は、娘を嫁がせる父親の複雑な心境かなと思ったのですが、今になって考えてみると、小室さんが婚約発表翌日の会見で眞子さまとの会話をペラペラしゃべったのを聞いて、困った、困ったとおっしゃったほどですから、あの時の殿下は漠然とした不安を抱えていたのではないでしょうか。浮かれていたのは紀子さまだけだったのかも……」(皇室記者)

https://news.yahoo.co.jp/articles/61b9e87730d928cb997cb124478b11b9a7724c78?page=1

婚約発表からしばらくすると、小室圭の化けの皮が剥がれ始めた。

小室圭の母親・小室佳代の金銭トラブルや、元婚約者との問題が次々と週刊誌で暴露されたのだ。

秋篠宮様はこのタイミングから、不安やストレスで体調を崩され、痩せこけてしまったという。

さらには小室圭を絶賛していた紀子様も、考えを改められ、小室圭と眞子様の結婚を強く反対するようになった。

 それからほどなくすると、小室家の「金銭トラブル」や、母親の元婚約者のことが週刊誌に次々と暴露されるようになった。秋篠宮さまは心を痛めたのか、どんどん痩せていかれたという。不安が現実になってしまったのだろう。では紀子さまはどうか。 「あれほど小室さんのことを褒めていた紀子さまですが、小室家の金銭問題が週刊誌に次々と書かれると、コロッと態度を変えられたんです」(前出の記者)

https://news.yahoo.co.jp/articles/61b9e87730d928cb997cb124478b11b9a7724c78?page=2

2018年2月に小室圭と眞子様の婚約は延期になったが、その際にも2人の結婚に対して多くの人の納得が必要とも述べた。

その際に紀子様と眞子様の疎遠を感じさせる発言もあった。

 結局、翌年の2月に婚約は延期されたが、この頃から、紀子さまは眞子さまの結婚に強く反対されるようになったという。  婚約が延期された年の秋篠宮さまの誕生日会見で、「多くの人が納得し、喜んでくれる状況にならなければ」納采の儀を行えないと述べられたが、その場にいた記者は、それよりも紀子さまの発言に違和感を覚えたという。

https://news.yahoo.co.jp/articles/61b9e87730d928cb997cb124478b11b9a7724c78?page=2

紀子様と眞子様の疎遠

紀子様は「長女の眞子が愛おしく、かけがえのない存在として感じられる」とおっしゃっていた。

こういった内容の発言を記者会見で言う必要はなうだろう。

これは紀子様と眞子様が疎遠になってしまっていることを示唆しているのだ。

眞子様が小室圭のような狂った人間を連れてきたのだから、紀子様の気持ちもわからなくはない。

「眞子さまの体調がすぐれないと言われたのはいいとして、『長女の眞子がいとおしく、かけがえのない存在として感じられる』と言われました。そんなことを記者会見で言う必要があるでしょうか。つまり、紀子さまは眞子さまとコミュニケーションがとれていないのだろうと思いました」(宮内庁担当記者)  紀子さまと眞子さんが互いに避けている、話し合おうとしないといったことが囁かれるようになったのはこれ以降だ。

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しかし2021年9月、紀子様は親として娘の考えを受け止められるように対話している、と述べている。

ところが、婚約内定から約4年が経過した2021年9月、紀子さまは55歳の誕生日に文書でこんな回答をされた。 「長女の結婚については、親として娘の思いや考えを受け止められるよう、対話を重ねております。こうした中、共感できることもあれば、意見が違うこともありますが、お互いに必要だと思うことを伝え合い、長女の気持ちをできるだけ尊重したいと思っております」

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2020年の紀子様の誕生日の際には、対話を重ね、一緒に考えることが大切と考えている、という発言だった。

2020年の発言が、「考えている」にとどまっていることを考えると、1年後の発言では少しだけ紀子様と眞子様の間のわだかまりが取れたようだ。

 前年の誕生日では「対話を重ねながら、親として娘の気持ちを受け止め、一緒に考えていくことが大切だと考えています」にとどまっていたことを考えると、紀子さまの態度が大きく軟化し始め、これまでの様相と違ってきたことを関係者は感じたという。  この7カ月前の2月、天皇陛下が眞子さんに「ご両親とよく話し合い」なさいと言われたことがきっかけなのか、それとも新型コロナの蔓延で自粛を強いられたせいで家族で話し合う時間ができたのか。いずれにしろ、秋篠宮家に変化があったのだろう。

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小室文書で全てが変わった

その後大きく流れが変わったのが小室圭の「小室文書」だった。

2020年11月の誕生日の会見で、秋篠宮様は2人に対して結婚を認める発言をなされた。

それに応えるようにA4用紙28ページにも及ぶ、小室文書が公開されたのだ。

小室文書を読んで、心がすっきりした国民はいないだろう。

これは秋篠宮様も同様だった。

 2020年11月の誕生日会見で、秋篠宮さまは「結婚することを認める」発言し、12月に入ると西村宮内庁長官が小室さんの代理人を呼び、ふたりが結婚へ進むための道筋を小室さん側へ教えたといわれる。これに応えるように出されたのがA4用紙28ページにのぼる「小室文書」だった。  しかし、ここで予期せぬ展開になっていく。  秋篠宮さまは「小室文書」を見て驚き、困惑していたという。それはそうだろう。あの文章を読んで納得できる人がいたとは思えない。

https://news.yahoo.co.jp/articles/61b9e87730d928cb997cb124478b11b9a7724c78?page=3

小室圭はなぜあのような文書を公表したのだろうか。

大きな問題として、小室家が誰にも相談せずに、自分たちだけの偏った考えで作成していたからだ。

第三者目線の視点を取り入れることなく、小室家特有の自分たちだけが正しいといった考えで作成したのだ。

これをきっかけに秋篠宮家はさらに小室圭に対する不信感を抱くようになる。

「小室さん側がだれかに相談していたら、あんな文書は出さなかったと思います。相談できない雰囲気があったんでしょうね。結婚は生きていくために必要な選択ですとまで言い切ったのに、だれとも話し合っていなかったんです」(宮内庁関係者)  では、秋篠宮さまが親として、娘の結婚に向けて動いたかというと、そこまでは至っていないという。関係者によれば「小室さんはどこまで本気なのか、おそらく彼の出方を待っていたんだと思います」ということらしい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/61b9e87730d928cb997cb124478b11b9a7724c78?page=3

眞子様は小室家と秋篠宮家の間に挟まれることになり、どちらかというと小室家側に立っていたようだ。

小室圭の母親・小室佳代にあえて優しく接することで、紀子様への反発を示したいた。

小室圭は眞子さまを洗脳し小室家側につかせることで、秋篠宮家を崩壊へと導いたのだ。

 気になるのは小室佳代さんが「文春WOMAN」(2021年夏号)で、〈(眞子さんに)お会いした時には、「私は完璧な母ではないです」「ちゃんと息子を育てあげていないので」と、不安な気持ちを正直にお伝えしたんですが、それでも受け入れてくださって。(略)私は本当に感謝の言葉しか申しあげられません……〉  と語っていて、眞子さんが小室さんの母親にやさしく接していることをうかがわせている。もちろん、眞子さんが小室さんの母にやさしくしていることは取材記者の間でもよく知られていた。 「小室くんの怪しい雰囲気もそうですが、彼のお母さんを見て、品があると思う人はあまりいませんよね。雅子さまも美智子さまも、皆さんキリッとされているし、違いは明らかです。面と向かえば引きそうな風貌なのに、眞子さまは、あのお母さんにほんとにやさしく接しているそうなんです。不思議ですね」  では、実の母である紀子さまにやさしいかというと、ほとんど聞かない。実の母親よりも、他人である小室さんの母により距離が近いということは、実の母に対する反発の裏返しのようにも思える。

https://news.yahoo.co.jp/articles/61b9e87730d928cb997cb124478b11b9a7724c78?page=3

まとめ

今回は小室圭という存在が、どのように秋篠宮家を崩壊へと導いていったのか中心にをご紹介した。

  • 秋篠宮家は円満な家庭のイメージが強かったが、小室圭との出会いで一変した
  • 小室圭の異変に気付いた紀子様は、2人の結婚を受け入れられなくなり、眞子様と疎遠になってしまう
  • 小室文書で全てが変わり、秋篠宮家の小室圭に対する不信感がより一層強くなる

いかがだっただろうか。

今回お伝えした問題以外にも、小室圭は多くのトラブルを引き起こしてきた。

そのトラブルが起こるたびに、秋篠宮家と眞子様の関係は悪くなり、円満な家庭から遠のいていく。

昔のような円満な家庭を取り戻すためには、小室圭という存在を排除することが大切だ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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